〜オメーが望めば、オメ−だけはラムと一緒に行く事が出来る。・・・だけど、一度地球
を離れたらもう二度と帰れねーかも知れねえんだ。よく考えて決めてくれ。ラムは明後日
の朝に迎えに来る。〜

〜ラムはとてもいい娘よ。あなたの好きな様になさい。〜





「・・・糸・・・」作:黄色い流れ星さん、挿絵:ももさん






地面に座り込んでいた。
いや、石も草も色すらも無く、地面なのか床なのかいずれとも判断が付かない。
霧が立ちこめていて視界はいくらも利かないが、霧の向こうもここと同じ何も無い空間が
望洋と広がっている。
なぜ、ここに居るのか分からない。何日、いや何年も前からここに居るような気もする
し、ほんの一時のような気もする。
時間の観念が欠落している異次元空間に迷い込んだみたいだ。
しかし恐怖感や危機感は感じていない。不思議と懐かしさのようなものを感じている。
まるで憶えてはいないが、かつてここに来た事があるような気さえした。
左手の小指には赤い糸が結び付けられ、霧の彼方に伸びている。それが『運命の赤い糸』
だと誰に説明されるまでもなく理解し認識していた。
そして右掌の指も同様に糸が結ばれ、左手の糸と反対方向に伸びている。
ただ右掌の方は、五指全てに何本もの糸が結ばれていて、その内の何本かは途中で切れて
いるが、半数以上は霧の向こうへと続いている点が違がっていた。
「こりゃあ、ラムのやつに見付かったらたまらんな」
ラムのことだ特大の電撃を喰らわせかねない。思わず身震いをした。
そんな事を考えていると霧のむこうに人の気配がした。
そして左手の小指の糸をたどってこちらに近寄ってくる。
霧が邪魔で未だ姿は見え無くとも近づいて来るのがラムだと『糸』の意味を理解した時と
同様に分かっていた。
ラムが来るのを待ち望んでいる反面、自分でも釈然としないが顔を見るのが辛かった。
今は右掌に結ばれたたくさんの糸の事だけでは無くラムの顔を見るのが辛い。
そんな想いと裏腹にラムが近づいてくるのが糸を通じて窺える。
やがてラムが霧の中から現われ、糸が引かれた。
「ダーリン?・・・。ダーリンだっちゃね」
左手の小指どうしに結ばれた糸を手繰って来たのだろう、長い糸を輪にして手にしてい
る。姿を確認すると、飛びついてきた。
「ダーリン・・・。やっぱりうちとダーリンは赤い糸で結ばれていたんだっちゃ」
「ラム・・・」
左手でラムの方を抱きながら、慌てて右手を背中に隠した。
我ながらワザとらしい態度だと思っていると、
「なに、どうしたっちゃ?後ろに何を持ってるっちゃ?」
ラムが目ざとく見付け聞いてくる。
「いや・・・。なに、アハッハハハ」
笑ってごまかそうとしたが、ラムは怪訝そうな顔つきで見詰めている。
「ダーリン。見せるっちゃ」
声が高くなり、睨まれた。
「いや何でもない・・・。それよりお前どうしてココに?」
話をそらそうと発した問い掛けだったのだが、今のラムにはその方が隠した右手より重大
な用件であったらしい。今まで睨んでいた目がうその様に和らぐ。
「うちはダーリンをむかえに来たっちゃ」
何とかごまかせたようでほっとした。
「むかえに?」
「うん、本当にダーリンが来てくれるか少し心配だったけど・・・。うち嬉しいっちゃ」
自分の方が来たくせにおかしな事を言う奴だ。
ラムは小指どうしに結ばれた赤い糸をいとおしそうに眺めている。
やがてその左手をとり立ち上がった。
「もう行かなくっちゃ」
ラムにいざなわれるまま立ち上がって、一緒に歩みはじめる。
「さあ、うちと一緒に・・・。どうしたっちゃ?」
いくらも歩かぬ内に立ち止まった、右手が後ろに引かれたのだ。
いや、引かれたのではない。結ばれた何本もの糸が張り詰めていて、それ以上先に進めな
かった。
「ダッ、ダーリン。その手」
ラムが驚いて右掌の糸を見ている。
「行けないんだ」
「来るっちゃ。うちと一緒に来るっちゃ」
ラムが力任せに左手を引くと、糸が指を締め付ける。
「い、痛い。無理だ。手を離せ」
「ダーリン・・・」
ラムが辛そうに右手の糸を見た。
「そう・・・。うちとは行けないちゃね・・・」
ラムは何か悟ったように悲しそうに微笑むと、繋いでいた手を離した。
「お別れだっちゃ」
「お別れ? 何を急に?」
ラムがすうっと後ろにさがっていく。
「うち、楽しかったっちゃ」
立ったまま歩むほどのスピードで後方へと飛んでいく。
「おい、待てよ」
「うちダーリンと出会えて良かったっちゃ」
名残惜しそうにこちらを見つめた眼から一筋の涙が頬をつたった。
それを観られまいとするかのように踵を返すと、糸を引きずって霧の向こうへ飛び去さっ
ていく。
追いかけようと焦るが、右手の糸が邪魔でそれ以上前に進む事は出来なかった。
「待ってくれラム」
声が届いたのか、姿が見えなくなる寸前立ち止まった。
もはやラムの姿は霧を透かしてシルエットになっている。
「ダーリン・・・。愛してるっちゃ。けど、もう行かなくっちゃならないっちゃ」
いつの間にか二人を繋いだ糸が色あせ、白っぽくなっていた。
いや、糸の存在自体が希薄になっているだ。
やがて糸が消えたら二人の『縁』も消え、二度と逢えなくなるのだ。
ラムの方へ行こうとするが、右掌の糸達は五指を締め込むばかりでびくともせず、どうし
ても進むことが出来ない。
こうしている間にも左掌の小指の糸はさらに色あせ、次第に細くなってさえいく。
「行くんじゃない」
右掌の糸を束ねると両掌に巻きつけて、力を込め左右に引っ張った。
「ダーリン?・・・」
糸は激しい痛みと共に掌に食い込んでくるが、
「ダーリン。糸が・・・。糸がまた赤く成ってくっちゃ」(挿絵:ももさん)
それにかまわず、渾身の力で引き千切ろうとする。
食い縛った歯の間からは唸り声がもれ、
糸を握り締めた掌の皮は切れ血が滴る。
「やめるっちゃ。もうやめるっちゃ。如何し様もないんだっちゃ」
霧の向こうからラムの叫び声が聞こえる。
「ラム。もう少しだけそこに居ろ。いいかそこに居るんだぞ」
掌から流れた血がラムへと伸びる糸へしみこんでいった。
色あせた糸が鮮血によって再び赤く染め上げられ、
その色は徐々に糸を伝わり伸びていく。
「ダーリン。糸が・・・。糸がまた赤く成ってくっちゃ」
その声に応える様に最後の力を振り絞った。
ついに糸の束が切れた。
力尽き、震える足取りでラムの方へと歩き出す。
今まで立ちこめていた霧が晴れ、眩い光の中にラムがいた・・・。


顔に当たる朝日で目が醒めた。
昨夜はどうしても寝つかれずに再び布団から出て、
机で考え事に耽っているうちにいつの間にか眠ってしまったらしい。
それにしてもリアルな夢だった。
掌には糸が食い込んだ感触が未だにのこっている。
その上体も疲労していた。
そのかわり何かがふっ切れ、頭の方はすっきりとしている。
約束の日だった。もうすぐラムが来る。
想いは定まっていた。

押入れの桟に掛かった学生服を手に取りそれに着替えると、代わりに今まで学生服のあっ
た場所にラムのセーラー服を掛けた。


 ―END―




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