「セーラー服」作.黄色い流れ星、挿絵:らんさん

発端はあたるやラムには何の関りも無い出来事であった。
無論そのニュースはテレビや新聞等で大々的に報道されていてよく目にはしていたし
それなりの関心は有ったのだが、それが自分達の運命を代える大事件に発展するとは予想もして無かった。
大国のA国が打ち上げた無人探査機が火星の着陸に成功し、豊富な地下資源と地下水脈の
存在を証明した。そして将来的には有人探査、さらには火星基地の建設、最終的に人類の
移住も含む大プロジェクトを発表したのだ。
SF小説や漫画の世界が俄かに現実味をおびて人々の話題と成っていた。
「ついに人類もここまで来たか。いや、めでたい」
などど、あたるは地球で始めて異性人の恋人を持つ男としては平凡な感想を持っただけで
あったが、ラムは、
「おかしいっちゃ。火星はお雪ちゃんの領土の筈だっちゃ」
と、小首を傾げていた。
実際、火星は何代も前のお雪の先祖によって銀河連邦政府も認めた海王星の領土と成り、
それは正式にお雪に相続されていた。
A国による火星開発計画を知ったお雪は当然の権利として銀河連邦を通じてA国に抗議を
行った。無論お雪には事を荒立てる気持ちは無く、条件が折り合えば技術提供を含む共同
開発、場合によっては権利の譲渡も考えていたのだが・・・。


ラムは今日も留守であった。
銀河連邦から派遣された職員がお雪と共に地球に来たのと入れ違いに、ラムはテンを連れ
てランと共に銀河連邦の呼び出しに応じ、事実説明に出かけてからもう一月近くも経つ。
ラムとてこれほど長期間留守にするとは考えては無かったらしく亜空間無線機も置いてい
かなかったので、あたるからは連絡の取りようも無い。
「よう、さすがに元気がねーな。そんなにラムの事が心配かい」
聞き覚えの有る声に振り返ると窓の外にエアーバイクにまたがった弁天の姿が有った。も
しやと思い辺りを見回すがラムの姿は無い。弁天は軽やかに身を躍らし窓から室内に入ってくる。
「どうしたい、いつもの様に飛び付いて来ねーのか。バシタが居ねーからってなにも遠慮するこたー無んだぜ」
ラムが聞いたら電撃物の冗談を投げかけてくる。彼女は笑ってはいたがその笑顔はどこと無くぎこちない。
どうやら悪い知らせの様だ。だからこんな際どい冗談を言って気を紛らわそうとしてくれたのだろう。
あたるは黙って弁天を見詰ていた。やがて彼女の顔から作り笑いが消えていく。
「すまねえ。あたいがお雪に余計な事を喋らなきゃコンナ事には成らなかったんだ」
「いや、弁天様のせいじゃない。いずれ分ったことさ」
先月に恒例の節分喧嘩祭りに来た弁天が帰りがけお雪の所に立ち寄り
ラムから聞いた火星開発計画の事を何気なく話した事を言っているのだろう。
「そう言ってくれてあたいも少しは気が楽になったよ。
お雪も今回の事を気に病んでるんだ。オメーの顔を見るのが辛いって・・・」
「もちろん、お雪さんにも何の責任も無いし怒ってもいないさ。今度会ったらよろしく伝えてくれ」
「オメ−、優しいんだな。ラムも良い目をしてたんだ」
不吉な予感がした。弁天はラムの事を過去形で話したのだ。
「ラムの身に何かあったのか」
「いや、ラムは元気だぜ、それは安心していい。ただ・・・」
あたるは我慢できずに弁天に詰め寄った。
「ただ?お願いだ言ってくれ」
「お雪がA国の火星開発に技術提供を申し入れた事に他の国が反対している事は知ってるよな?」
A国が異星のテクノロジーを独占する事を恐れ複数の国が異を唱えた。それに対してA国は
莫大な予算を使い独自で火星探査を続けて来た手前、他国の反対意見を突っぱねた。
その結果、話は複雑に拗れ、ついにはラムたち異星人が日本に住んでいる事にまで飛び火したのだった。
「ああ、それは知っている。今ラムたちが微妙な立場に置かれている事も解っているつもりだ」
「なら話は早えー。今日正式な決定が降りた。残念だが銀河連邦は
地球との一切の交流を断つそーだ。ラムたちは地球から引き上げる事に成った」
弁天は辛そうに声を絞り出した。
「それじゃ俺とラムは・・・」
「その事なんだが。いいかよく聴けよ。ラムの必死の嘆願でオメーが望めば、オメ−だけ
はラムと一緒に行く事が出来る。地球の友達の働き掛けもあって日本政府も暗黙裡にそれ
を認めた筈だ。だけど、一度地球を離れたらもう二度と帰れねーかも知れねえんだ。よく
考えて決めてくれ。ラムは明後日の朝に迎えに来る」
残された時間はあまりにも少なかった。あたるは壁のカレンダーに眼を移す。約束の日には丸印が付けられていた。

三人で囲む諸星家の食卓は火の消えた様に物静かであった。
「ごちそうさま」
あたるはそそくさと食事を終えると自室に引き上げるために立ち上がりかける。
「あたる、待ちなさい。少し話があるの・・・どうするか決めたの?」
母親に促がされてあたるは無言で席に付き直した。
「ラムはとてもいい娘よ。あなたの好きな様になさい」
「母さん・・・?」
「あたる。母さんとも相談したんだが。お前ももう大人だ。自分の人生は自分で決めなさい」
「父さん」
「そうよ。お前も突然の事で迷っているでしょうけど、私たちの事が気掛かりなら安心して。大丈夫だから」
「ラムと行くにせよ、地球に残るにせよ後々悔いの無いようによく考えて決めるんだよ。
お前の判断に反対はしないから。私達の話はこれだけだ・・・母さん、お茶」
両親とて辛いだろう。それでも息子の幸せを第一に考えてくれたのだ。
「父さん。母さん。ありがとう」
あたるは両親に礼を言うと自室に引き上げた。

あたるの移住に関する面倒な手続きからやっと開放されたラムは父親の艦で地球を目指していた。
弁天に託した答を明日聴くことになる。
「ラム、ええか入るで」
「父ちゃん。今開けるっちゃ」
ラムは内側から電子ロックを解除するとハッチを開け、父を個室に招き入れた。
「ラム・・・。もしも婿殿が地球に残ると言うたかて、泣いたり、怒ったりして取り乱したらあかんで」
「父ちゃん。ダーリンは絶対うちと一緒に来てくれるっちゃ」
ラムは父に食って掛った。本当は一緒に来てくれるかどうか心配で堪らないのだ。
だからつい父に対してキツイ口調になった。
「万が一、万が一の事やがな。ワシかて婿殿が来てくれる事を望んどるんや」
始めは「何や頼りない婿殿や」と考えていたが、ラムのお見合いを壊しに単身乗り込んで
来たり、闇の宇宙のキノコ騒動でのラムとの鬼ごっこ観て考えを改めた。今では彼を男と
認め、愛してさえいた。何より娘は彼に惚れ切っている。それが痛いほど分るから彼が娘
のことを選んでくれたらと心から思う。
「そやけど、よく考えてみい。お前は地球におったかてワシらと会おうと思えば何時でも
会えたし、お雪や弁天達とも遊べたやないか。それにくらべて婿殿は、一生親御はんや友
達とも会われへん様に成るかも知れん。生まれ故郷の星にすら帰る事がでけへんかも知れ
んのや。そこの所をよー考えて、婿殿の気持ちも理解したらんとあかんで」
「だって、父ちゃん」
ラムはイヤイヤをするように首を振った。
「婿殿かて辛いんや。お前が取り乱したら婿殿を苦しめる事になるぐらい分るやろ」
父は少し口を荒げて窘めた。
「・・・分たっちゃ」
ラムは辛そうに頷いた。

地上に近づくと、クラスメート達が家の前に集まっているのが見えてきた。皆,登校前にお別れを言いに来てくれたのだろう。
ラムはゆっくりと地球の友達の前に降りたった。
「ラムさん。もう行ってしまわれるのですね」
「終太郎、ダーリンの事で色々と動いてくれたってお雪ちゃんから聞いたっちゃ。礼を言うっちゃ」
「すみません・・・あと十年、いやせめて五年後だったらもっとお役に立てたのですが。
この面堂終太郎、今回ほど自分の若さを歯痒く思った事は有りません」
辛そうに面堂は答えた。いかに面堂財閥次期頭首といえど複雑な国際政治の中で彼は余りにも若すぎたのだ。
「ラム、あなたとは昔色々有ったけど・・・元気でね。星に帰っても私達の事忘れないでね」
「しのぶ。忘れる筈無いっちゃ、会えなくてもずーと友達だっちゃ」
たしかに始めは一人の男をめぐりいがみ合った事もあったが、今ではお互いの恋の相談もする事も有る良い友達になっていた。
「ラムさん・・・また会えますよね。いつか地球に帰ってこれますよね」
「うちもその日を信じてるっちゃ。だからそれまでメガネさん達も元気でいるっちゃ」
「ラ−ムーさーんー」
後は言葉に成らず滂沱にくれていた。
「その通りじゃ。地球も又いつの日かこの若者達の手によって開かれるであろう」
「そうじゃとも。お主もそれまで元気でいるのじゃぞ」
「チェリー、サクラ。ありがとっだちゃ」
「さあ、諸星が中で待っておるぞ。もう行くがよい」
その時、玄関のドアが開き、学生服を着たあたるが姿を現した。
「ダーリン・・・」
ラムはあたるのいでたちを観て悟った。
旅立ちに学生服を着る必要は無いであろう。ダーリンはこれから登校するつもりなのだ。
今日は彼にとって日常の続きなのだと。
「ラム、俺の部屋で話そう。皆すまんが二人だけにしてくれないか」
あたるは用件だけを告げると再び家の中に引き返していった。
あらためて別れの言葉を聞くのは嫌だった。このまま飛び去ろうかとも一瞬考えた。
でもそうすれば二度とダーリンに会う事は出来ないのだ。やはり最後にダーリンの顔を眼に焼き付けておきたかった。
ラムは父の言葉を思い出し、深呼吸をすると二階の窓に向け飛んだ。
最愛の人に自分から「さよなら」を言うために。

窓枠に腰を下ろすともう二度と訪れることの無い室を見渡した。
室内はきれいに片付けられ、虎縞一角獣のカーペットもダーリンと
お揃いで買ったコーヒーカップも愛用の虎縞模様のクッションもすでに無かった。
ただ、なぜかセーラー服だけがハンガーに掛けられ押入れの桟に吊るされている。
始めはダーリンと少しでも一緒に居たくて友引高校に編入したのだ。それでも皆、
異星人の自分をあたたかく受け入れてくれた。楽しい思い出もたくさん出来た。
今考えるとありがたい事だと思う。このセーラー服は忘れずに持って帰らなければ・・・。
「ダーリン。うちの荷物は?」
「ああ、弁天様が運んでくれたよ」
「手回しが良いっちゃね。この部屋にうちがいた痕跡はもう無いっちゃ」
少し恨みぽっい口調になる。
気まずい沈黙が流れた。
「ダーリンもう決めたっちゃね」
「ああ、俺なりに考えて決めたよ」
その声は寂しそうに聞こえた。やはりダーリンも色々と悩んだ末に答えを出したのだ。
「ダーリン・・・」
続く別れの言葉はどうしても口から出て来なかった。言葉にすればこの部屋から出て行か
なければならない。
本当は少しでも長くここにいたい。
「ラム。一つだけ頼みが有る」
言いよどんでいるラムを見かねたのかあたるの方から声を掛けてきた。
「何だっちゃ?」
「美味い飯を作ってくれ」
嬉しかった。今まで食べてくれなかった手料理をダーリンは最後に食べたいと言ってくれたのだ。
「うちの料理を食べてくれるのけ。ちょっと待ってるっちゃ、艦で作って来るっちゃ」
「違うんだラム。お前の星の料理はその何だ・・・地球人には辛すぎるんだ。だから地球風の味付けにしてくれ」
地球の食べ物がかなり薄味なのは知っていた。
だけど自分の星の味を知ってもらいたくて、半ば意地になって辛い料理を作り続けてきた。
本当はダーリンもうちの手料理を食べたかったのかもしれない。こんな事ならもっと早く
好きな物を作ってあげればよかった。
「うん、分ったっちゃ。お母様にお願いして台所をかりるっちゃ」
最後の手料理を作るために部屋から出て行こうとするラムをあたるは押し止めた。
「ちがう、そうじゃ無いんだ」
「一体何が言いたいっちゃ。うちにどうしろと言うんだっちゃ。それともうちの事をからかってるのけ」
ラムはあたるの真意を計りかね睨みつける。


「・・・分らんのか。お前と暮して行くのに辛い飯ばかりじゃ飢え死にしちまう」


「ダーリン。今何て言ったっちゃ?」
思いがけないあたるの台詞にラムは大きな声で聞き返した。
「だから、お前の星に行ってから辛い飯じゃ困ると言ったんだ」

「・・・うち、作るっちゃ。お味噌汁も、卵焼も、肉じゃがも、お浸しも、炒飯も、野菜炒めも
コロッケも、天麩羅も、炊き込みご飯も、ハンバーグも、唐揚も、エビフライも、焼き魚も
豚カツも、シチューも、グラタンも、スパゲッティも、すき焼きも・・・・」

ラムの瞳からこらえていた涙が頬を伝う。

「お好み焼きも、牛丼も、鯛焼きも、肉まんも、ラーメンも、カレーライスも、キツネうどんも
にんにく入りの餃子だってうち作るっちゃ。ダーリンの好きな物何でも作るっちゃ。だから、うちと・・うちと一緒に・・・・」
「ああ、行くよラム。お前とどこへでも行く」
「ダーリーンー」
ラムはあたるの胸の中に飛び込むと顔を押し付け泣き始める。
もう我慢する必要は無いのだ。
ダーリンは初め躊躇いがちに肩に置かれていた手で、泣き止むまで背中を摩ってくれた。
泣くだけ泣いて落ち着いたラムは顔を上げ、あたるを見詰る。
自然に二人の唇は近づいていった・・・。



「まだ、少しぐらい時間は有るんだろう」
抱擁を解いたあたるはラムに訊ねた。
「うん、今日中に出発すればいいっちゃけど。まだ続きをするっちゃ?」
「ばか・・・。これに着替えて一緒に出よう」
あたるはテレて頬を紅くしながらラムにセーラー服を手渡した。
「?・・・」
また、意味が分らずキョトンとしているラムにあたるは優しく言った。


「なんだ、忘れてたのか。今日は卒業式じゃないか」



(挿絵:らんさん)



















−END−








<戻る>









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送