「渚のデイター」作:秀村さん、挿絵:Chikaさん


8月8日、夏真っ盛りの早朝。
その日は珍しく渚が早起きをした。あの渚がだぜ?しかも、いつもより上等な朝めし
がちゃぶ台に用意されてたんだ。何だと思う?竹の子だぜっ、竹の子っっ、朝から竹
の子っっっ。ど〜も、海育ちだと山のもんに憧れるみたいなんだよなあ〜・・・って
こんな事はどうでも良いんだ。
とにかく、おれが言いたかったのは、渚の様子がいつもと違って変だったって事。そ
の日に限ってやけに気が利くんだぜ、あいつ。
天変地異の前触れか・・・・・いや、ちげえ。渚の奴何か企んでやがるっ、おれはそ
う直感したんだ。

「はい、竜之介さま♪」
浜茶屋営業スマイルでそう言いながら茶碗を渡す渚。
いつもより何故かめしが多めに盛ってあるのは多分、おれの気のせいなんかじゃねえ
と思う。
早起きといい、竹の子といい、このめしといい、やっぱり何か企んでやがるっ、ぜっ
てえ〜怪しいっ、そう考えながらおれは無意識に渚を凝視していた。

「・・・・・・・。」
凝視時間は多分4・5分くらいだったと思う。
決して長いって言えねえ、その短い時間で、渚はめしを2杯も平らげちまったんだ。

その間おれは、渚が一体何を企んでるのかおれなりに考えてみた・・・考えてみたん
だけど、結局答えは出なかった。当たり前だ。あいつが何考えてるかなんて他人のお
れが分かる訳ねえ、分かるのはえすぱーくらいだ。

そんなおれの視線に気付いたのか、渚がこっちを向き、口に箸をくわえたままの状態
で、曰く有
りげな笑みを浮かべた。
怪しい、怪しすぎるぜっ。一体全体、何企んでやがんだあいつはっ!
んで、とうとう我慢の限界に達したおれは、短刀直入に聞いてみた。
「おい、渚・・・何たくらんでやがる?」
そしたら、渚の奴とぼけた顔してこう言ったんだ。
「何の事ー、竜之介さま?何も企んでなんて無いわよー♪」
うそつけっ!もうバレてんだよ、何か企んでるって事は。
そう言おうとしたけど・・・・・・止めた。ここは落ち着いてじっくり探った方が得策
だと思ったんだ、おれは。
「うそつくなって、正直に言ってみろよ。な?」
言いながら無理矢理作り笑顔を作った。そうだなあ〜、初めて飛鳥と会った日に作っ
た作り笑顔とほぼ同じだったと思う。
「だから、何も企んでなんてないわよー。」
まだ、とぼけてる渚。
「はいはい、とぼけんなって。何白状しても怒らねえ〜から、正直に言えって。」
そうおれが言うと、食べかけのめしを置いて、やっと渚が真面目な顔をした。
「なら、あたしの願いをきいてくれるって言うの、竜之介さま?」
「・・・・・ならって言う意味がよく分かんねえ〜けど、願いって?」
「願いって言うのは・・・・つまりお誘いよ♪」
「誘い・・・?何の??」
「何の?って決まってるじゃない、この季節のお誘いって言ったら大体相場が決まっ
てるでしょー?」
「だから何だよ?」
何の事だかちっとも分からねえおれに、半分呆れて渚は答えた。
「やーねー、本当に分からないの?お祭りに決まってるじゃない。」
「・・・・・・・・。」
唖然。。。
そんな誘いをするためだけに、早起きしたり、竹の子買ってきたり、めしの量を増や
したりする渚の気持ちがその時のおれには全然理解できなかった。まあ、おれの機嫌
を取ろうとしたって事は分かるけどよお。でも、そこまでする事ねえよなあ〜。

なんにせよ、やっと渚の企みを知ったおれは少しほっとした。
「なんだ、そんな事かよ・・・。」
「そうよ♪」
でも、にこにこしながら答える渚に対しておれは言ってやった。
「行かねえぜ?」
あたりめえだっ。渚の企みが祭りの誘いとか言う小せえもんで良かったけど、結局お
れはあいつのせいで無駄な体力を使っちまったんだ。渚が何を企んでるのか?ってい
うのにいうのに使っちまった頭の体力を・・・・・あっ、頭力か。それに、本当は祭
りに行っても良いけど、金がねえから・・っていうのも理由のひとつだな。ほら、お
れ、小遣い貰ってねえからよお・・・。
そんな、金欠+頭力疲労のおれに対して渚はわめいた。
「うそつきーっ!あたし、今日この日を1ヶ月も前から楽しみにしてたのよーっ!!
ただ一緒にお祭り行って遊ぶだけじゃないのよーっ!!!それに、さっき断らないっ
て言ったじゃないーっ!!!!」
しかも、いかにもわざとらしく涙を流しながら・・・・。
「何だとっ!?おれが何時、断んねえって言った?おれは、怒らねえって言ったん
だっっ!そんなのに、人の事うそつき呼ばわりしやがってっっっ!!」
渚の言葉で完全に怒りモード全開のおれ。渚も怒りモードに入ろうとしていた。
「なら、多めによそったご飯と、わざわざ買ってきた竹の子返してよーっ!」
「何言ってやがるっ、もう食っちまったよっ!」
「じゃあ、時間を戻して返してよーっ!」
「何だそりゃ?そんなのラムに頼んできやがれっ!」
多分、15分くらいこんな訳分かんねえ〜言い合いをしたおれ達。でも、もうさすが
にふたり共、疲労が出てきて少しばかり休憩を取ってると・・・・・ぽつり渚が重大
な事を口走った。

「せっかく、おとうさまから浴衣を2着貰ったのに・・・・・・。」

「!?」
耳を疑うおれ。
確か今、渚は浴衣2着って言ったよなあ〜?いや、言ったと思う、言った、言ったに
違いねえ、言ったハズだ、言わねえ〜ハズがねえ、幸田シャーミンがそう言わせたん
だっ!
そう、頭ん中で無茶苦茶に整理したおれは一様、改めて渚に聞いてみた。
「おい、浴衣って、ねえ〜ちゃん達が縁日とかによく着て来る着物みてえ〜なやつだ
よなあ?」
「・・・そうよ。」
ふくれっ面で渚が答えると、おれはすくっと立ち上がりきっぱり言った。
「おい、渚、さっさと祭りに行くぞ。」
時刻は未だ午前8時18分だった。


祭り開始時刻5時になるまでの時間がどんなに長かったか・・・・・。
だけど、そんなのはもう、どうだっていい。だって、初めて浴衣が着れるんだぜ。お
れはこの日が一生忘れられねえ1日になる、ってそう確信してたんだ・・・・・確信
してたんだぜ、本当に。あの浴衣を着るまでは・・・・・・。

「おい、渚。」
祭り会場へ向かう途中の道を歩きながら、おれは渚に話しかけた。
「なーに、竜之介さま?」
渚は嬉しそうに浴衣を見せびらかして、そう答えやがった。え?何でおれがこんな苛
立った口調なのかって??だってよお〜・・・・
「何でおめえが浴衣で、おれが甚兵衛なんだよっ?」
そう。渚の奴うそつきやがったんだ、浴衣2着貰った、って。実際、貰ったのは、浴
衣1着と甚兵衛羽織1着だったんだ。しかも、男の渚が浴衣着て、女のおれが甚兵衛
着るめになったんだぜ?おまけに渚の奴
「これも浴衣って呼ぶんじゃないのーっ?」
ってとぼけながら、甚兵衛をわざとらしく指差すんだ。
ただ、間違えてただけならおれだってぶつぶつ言わねえよ。けどよお〜、納得いかね
えのはやっぱりおれが甚兵衛着るはめになったって事だよなあ〜・・・。まあ、この
甚兵衛のサイズだと渚には小さすぎて着れないって事くらいおれだって分かってる・
・・・分かってるけどよお、やっぱ、納得いかねえんだよなあ〜・・・。ぜってえ、
渚のおやじ、わざと小せえサイズの甚兵衛よこしたんだぜっ、渚に浴衣を着させるた
めにっ!!

と、まあ、ぶつぶつ文句を言ってる内に祭り会場に着いたんだ。
そこの会場がすごくて、とにかく人、人、人。人でごった返してたんだ。ちょっとそ
の中に入るのをためらってたおれの側で、渚はひとり嬉しそうに、おまけに楽しそう
にずんずん進んで行っちまったから、しかたなく追いかけた。そんなとこで迷子にで
もなったら大変だからな。
にしても、渚が何でこんなに祭りを楽しみにしてたのかが、その時は全く分からな
かった。まさか、こんな些細な事が渚の夢だっただなんて後になってから分かるんだ
けどよお・・・。

しばらく、歩いて行くと渚は無言である方向へと指差した。その指差す方に行きて
えってんだな?そう理解したおれは渚の指が指す方へと眼をやると・・・・・
「金魚掬い?」

「一度やってみたかったのよ、これ♪」
物凄く嬉しそうに言う渚。
「そんなやりてえ〜のか?」
「そりゃー、やりたいわよ。だって、あたしの浜茶屋の周りにはうにばっかりで魚な
んて影も形も無かったのよ?きっと、そんな環境で育ったから魚に憧れてるのかもし
れないわね♪」
憧れて当然よっ、とでも言いたそうな眼でおれを見てくるからついつい、
「・・・・そんなもんかもな。」
って言っちまった。
「そんなもんよ。さーて、がんがん掬うわよっ!」
そう渚が言うと、渚VS金魚のバトルが幕を切って落とされた。

「また破けちゃったー、思ったより難しいのね金魚掬いって。おじさま、もう1回っ!」
「あいよっ!」
「また破れた・・・・。おじさま、もう1回っ!」
「あいよっ!」
「おじさま、もう1回っ!」
「あいよっ!」
「もう1回っ!」
「あいよっ!」
このやりとりが数えるのも面倒なくらい続いた。
それでもおれなりに思い出して数えてみると、軽く20回は超してたと思う。そこま
でして金魚が欲しいのか?って思う前に、そんな金が何処に有ったんだ?って気持ち
だ。
―にしても、渚は金魚掬いが下手すぎる。さっと入れて、ひょいっと掬うだけじゃね
えか。さすがに、見てらんなくなったおれは決意し宣言。
「渚、交代だ。おれがぜってえ掬ってやるっ。」

なあ〜んて、偉そうに言ってみたものの、実はおれも金魚掬いは初挑戦だったんだ。

でも、偉そうに言っちまったからにはやるしかねえ。最低でも1匹は掬わねえとな、
そう心に強く思いながら渚の声援を受け、おれVS金魚の壮絶なバトルが幕を切って落とされた。

「渚、交代だ。おれがぜってえ掬ってやるっ。」(挿絵:chikaさん)

「おりゃっ!」
「あい、残念。もう1回やる?」
「ああ。・・・・・とりゃっ!」
「あい、残念。も1回?」
「ああ。・・・・・・・そりゃっ!」
「あい、残念。も1?」
「ああ。・・・・・・・・こりゃっ!」
「あい、残念。また?」

このやりとりが情けないくらい何度も続いちまった。
恐る恐る、思い出し数えてみると・・・・・軽く30回は超してたんだ。
30回だぜ?渚よりも上回っちまったんだもんなあ。
それなのに、結局1匹も掬えねえでとうとう金が尽きようとしてたんだ。
「竜之介さま、もうこれで最後よ?」
そう言うと残金全てを金魚掬いのおっさんに払う渚。
「おう、まかしとけっ!もうコツは掴んだからよお。」
真っ赤なうそ。30回以上続けてたのにもかかわらず、未だにおれはコツなんて掴ん
でなかったんだ、本当は。
まあ、そんな事今更ど〜こ〜言っても意味ねえ、とにかくやってみるっきゃねえ〜ん
だっ!いざっ!!


「ねえ、元気出してよ竜之介さま。」
帰り際に渚がおれに言った。
「う、うるせいっ。」
眼を伏せながら答えるおれ。
そう。もう、分かっちまったかもしれねえけど、おれは最後の最後まで1匹も掬えな
かったんだ・・・・・。
「まあ、良いじゃない、別に掬えなかったからって。ほらー、金魚掬いのおじさまが
竜之介さまの誠意に感動してただで1匹くれたんだから。」
そう、慰めの言葉をかけながら金魚が入った袋をひょいっと持ち上げ見せてくる渚。

「おれは金魚が欲しかったんじゃねえ、金魚に勝ちたかったんだ。」
「・・・・?」
「つまりだなあ〜、金魚を掬い上げたかったって事だよ。」
「あら、そうだったの?あたしは金魚が欲しかったから結果的には大満足なんだけど
ね♪」
そう言いながら渚は続けた・・・・
「にしても、本当楽しかった。竜之介さまと初めてデート出来たし・・・、浴衣も着
れたし・・・・、念願の金魚掬いも出来たし・・・・本当・・楽し・・・かっ・・・
・・た。」
何でか知らねえけど、いきなり渚の声が震えだしたんだ。
「ホント・・・楽しか・・・・・った、ホン・・ト・・・・。」
同じ事ばっか繰り返し呟く渚。
「・・・おい、どうした渚?」
さすがに、渚の様子がおかしいのとさとったおれは、思わず声をかけた。
だってよお、あの渚が震えた声出すんだぜ?そしたら、渚がおれに顔を向けてひどく
切なそうに微笑を浮かべて言ったんだ・・・・

「あたし何で、死んでるのかしら?本当は生きてる時にこうしたかったのに・・・
・。」

おれは何も言えず、眼を合わせるのだけで精一杯だった・・・・・。

渚がそう言った後、しばらくおれ達は無言で歩き続いていた。
その間におれは、渚が何で早く起きたり、竹の子買ったり、めしを多めに盛ったのか
がやっと理解出来た。渚はそうまでしてでも、おれとこの祭りに行きたかったんだ。
そう。長年の夢とでも呼べるほどの事だったに違いねえ、渚にとっては・・・・。

何か言ってやりてえ、何か言ってやった方が良いって自分でも分かってるんだけど、
良い言葉が浮かんでこないんだ。その時ほど、おれの教養の無さを悔やんだ事はねえ
・・って教養で良い言葉が見つかるって訳じゃねえんだけどよ。
まあ、そんなこんなでおれなりにおれなりの言葉を考えた。
上手く言えなくても気持ちは伝わるだろうからな・・・・・、そう考えると不思議に
言葉がぽんぽん出てきたんだ。
「なあ、渚?確かにおめえはもう死んじまってるけどよお、今ここにいるじゃねえ
か、おれの目の前に居るじゃねえか。それで十分だろ?」
シンプル。シンプルすぎる。
そんな事はおれだって分かってる。でも、こうとしか言えなかったんだ、切なすぎる
瞳でおれを見つめる渚の顔を見ちまったら、こうとしか・・・・。

「竜之介さま・・・。」
おれがああ言った後、初めて渚が口を開けた。その声にはもう震えは無かった。
そして、渚は必死に笑顔を作ってこう言ったんだ・・・
「ありがとう・・。」
って。
「ありがとう・・・、竜之介さま。」
ふたつ目のありがとうを言った時の渚の表情はもう、必死に作った笑顔じゃなくて、
極自然な笑顔になってた。
何かよく分かんねえけど、その渚の笑顔を見たらおれ・・・・、すげえほっとして何
とも言えない熱い気持ちを感じたんだ。
だってよお、渚の奴、最高の笑みでおれを見るんだぜ?いつもだったら、
「笑ってんじゃねえよ。」
とか思ってるだろうおれが、その時ばかりは全然そう思わなかったんだよなあ。
何でだ?って考えてもよく分かんねえから、考えねえ。
んで、その笑顔を見てついつい口走っちまったんだ。
「少なくとも、おれは十分なんだ。今、渚が目の前に居てくれるだけで・・・・。」

自分でも驚く程さらりと言っちまったんだ、で、ちらりと渚の反応を見てみたら・・
・・渚の奴、大粒の涙をこぼしてたんだ。
理由はさっぱり。
何か、よく分かんねえ内に泣かしちまったけど・・・・あいつは、渚は、涙の向こう
で微笑んでたんだ。
それはもう、幸福を胸一杯感じてるように・・・・・。




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